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リビングウィル(Living Will)って、なんのためにあるの?

「その時、自分らしくあるために」――リビングウィルという選択

もし、ある日突然、大きな事故や病気によって意識を失い、二度と意思を伝えられなくなったとしたら。そのとき、誰があなたの代わりに「生きるかどうか」「どこまで治療を望むのか」を決めるのでしょうか?

私たちは普段、未来のことを考えて生きています。「来年は旅行に行きたい」「定年後は田舎に移り住もう」そんな夢や計画はたくさんある。でも、「自分の最期」を具体的に思い描いている人は、どれほどいるでしょうか。

そういう話は、なんとなく縁起でもないと敬遠されがちです。けれど、命に関わる医療の選択は、ある日突然、静かに、しかし確実に私たちのもとへやってきます。そしてそのとき、本人の意思が分からないということが、残された家族や医療従事者をどれほど苦しめるか、想像したことはありますか?

そんな状況を少しでも減らすための手段が「リビングウィル(Living Will)」です。これは、人生の最終段階において、どのような医療を望むのか――延命治療を受けたいのか、それとも自然な形で人生を終えたいのか――という意思を、あらかじめ文章にして残しておくものです。

リビングウィルって、なんのためにあるの?

まず、リビングウィルの目的は明確です。簡単に言えば、「自分が望む医療を、最期のときに受けられるようにする」こと。

たとえば、心肺停止のあとに人工呼吸器をつけてでも命をつなぎたいと考える人もいれば、回復の見込みがないなら自然な形で死を迎えたいと願う人もいます。これはどちらが正しいという話ではありません。大切なのは、「その人がどうしたいか」ということです。

延命治療を希望するのか、それとも尊厳死を望むのか。その答えは、人それぞれの価値観、生き方、そして死に方に深く根ざしています。リビングウィルは、その答えを明文化し、自分が意思表示できなくなったときに備えるための「心の遺言」のようなものです。

「家族のために」も、自分の意思を示すという優しさ

「最期のことなんて考えたくない」。その気持ちはとてもよくわかります。けれど、逆に考えてみてほしいのです。自分の意思が分からないまま、家族が延命治療をするかどうかの選択を迫られたら? 正解のない問いに苦しみながら、「本当にこれで良かったのだろうか」と自問自答する日々が続くかもしれません。

実際、病院での臨終の現場では、医師が「延命治療をどうされますか?」と家族に尋ねることは少なくありません。そのとき、本人のリビングウィルがあるかないかで、家族の心理的負担は大きく違ってきます。

「父は、こう言っていました」

その一言があるだけで、家族の心はどれほど救われるでしょうか。だからこそ、これは「自分のため」でもあり、「家族のため」でもあるのです。

リビングウィルのつくり方、知っていますか?

では実際に、リビングウィルはどのようにして作るのでしょうか。難しそうに思えるかもしれませんが、意外とシンプルです。

まず大切なのは、「自分の意思を整理すること」。これは紙に書くより先にすべきステップです。どこまでの治療を望むのか、延命措置は必要か。人工呼吸器、胃ろう、点滴など、それぞれの治療について自分の考えをはっきりさせましょう。

次に、その意思を文書にします。必ずしも法律で定められた形式はありません。自筆でも構いませんし、公正証書にすることで、より信頼性が高まります。そして、信頼できる家族や友人を証人にして署名をもらいましょう。

最後に、作成したリビングウィルは大切に保管し、家族やかかりつけの医師にその存在を共有しておくことが必要です。書いて終わりではなく、必要なときに活用できる状態にしておくことがポイントです。

「法的拘束力はない」けれど、意味がある

日本では、リビングウィルに法的な強制力はありません。つまり、書いたからといって必ずしもその通りになるとは限らないのです。

それでも、医療現場では本人の意思を尊重する動きが広がってきています。特に、本人が明確に意思表示していたという事実は、医師にとっても、家族にとっても大きな判断材料になります。

意思を明確にする。それだけで、救われる人がいるのです。

変わる心と、変わらない想い

人の価値観は、時とともに変わっていきます。元気なときは「どんなことがあっても生きたい」と思っていても、病気を経験して気持ちが変わることもあります。だからこそ、リビングウィルも定期的に見直すことが大切です。

そしてその都度、家族と話し合ってください。自分の想いを伝え、家族の気持ちにも耳を傾ける。その積み重ねこそが、最期のときに「悔いのない選択」を可能にするのです。

あなたは、どう生きたいですか? そして、どう旅立ちたいですか?

この記事を読んでいるあなたに、問いかけたいことがあります。

「もし、明日が人生最後の日だったとしたら、あなたはどんな医療を望みますか?」

これはとても難しい問いです。けれど、それを考えることは、今この瞬間をどう生きるかにもつながってきます。どう旅立ちたいかを考えることは、実はどう生きたいかを見つめ直すことでもあるのです。

リビングウィルは、ただの書類ではありません。それは、「あなたの生き方の延長線上にある、最後の自己表現」なのです。

だからどうか、時間を取って、じっくり考えてみてください。大切な人と、少しだけ真剣な話をしてみてください。

自分らしい人生を生きるために。最期のときまで、自分で選び取るために。

それが、あなたと、あなたの大切な人たちの「本当の安心」につながるはずです。

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