家でくつろいでいるとき、突然スマートフォンが鳴り出す。表示された名前は大切な家族。
でも、電話に出ると「今、どこにいるの?」「何時に帰ってくるの?」と同じような問いかけが何度も続く。
そして数分後、また同じ番号から着信――。
そんな経験、ありませんか?
実はこのような「電話を頻繁にかけてしまう」という行動は、認知症の方によく見られる特徴のひとつです。
身近な人がその状態に直面すると、「どうして何度も同じことを繰り返すのだろう」「自分の対応はこれで良いのか」と、戸惑いと疲労、そして時には罪悪感さえ覚えることもありますよね。
でも、少しだけ視点を変えてみると、そこには“認知症の人の心の叫び”や“深い不安”が隠されていることに気づけるかもしれません。
では、なぜ認知症の方は電話を頻繁にかけてしまうのでしょうか。その原因を紐解きつつ、具体的な対処法までを、人間味あるストーリーや実例とともにお届けします。
まず、認知症の方が繰り返し電話をかけてしまう理由について、少しだけ医学的な視点からお話ししましょう。
認知症は、記憶力や判断力、理解力が徐々に低下していく病気です。特に短期記憶の障害は顕著で、「さっき話したこと」や「今どこにいるか」「何をしているのか」といった直近の出来事がうまく記憶に残らなくなります。そのため、不安や孤独感が強くなり、自分の気持ちを確かめるため、誰かに「連絡しよう」「声を聞こう」と思うようになるのです。
電話という道具は、認知症の方にとって「最も身近な安心の手段」と言っても過言ではありません。
顔が見えなくても、電話越しの声を聞くことで「今つながっている」「自分はひとりじゃない」と安心できるからです。
たとえば、昼間に一人でいる時間が長かったり、ふとした瞬間に不安を感じたりすると、反射的に家族や友人へ電話をかけてしまう――。
これは決して「迷惑をかけたい」とか「相手の手をわずらわせたい」という意図からではありません。むしろ、“心細さ”や“自分の存在を確かめたい”という、純粋で切実な想いがその背後にあるのです。
私自身、かつて祖母が認知症を患っていた時期、何度も電話が鳴り「今どこ?」「今日はご飯を食べた?」と同じ質問を繰り返されたことがありました。そのたびに、最初は優しく対応できても、次第に気持ちがすり減ってしまう自分もいて、「こんなふうに感じてしまう自分は冷たいのだろうか」と葛藤したものです。
認知症の方が電話を頻繁にかける背景には、次のような要因が重なり合っています。
一つ目は「記憶障害」です。
たった数分前に話した内容を忘れてしまうため、本人にとっては“初めて”の問い合わせのつもりで、何度も電話をかけてしまうのです。
二つ目は「見当識障害」。
今が何時か、どこに自分がいるのか、家族は今何をしているのか――。そうした“現在地”や“時間軸”が分からなくなり、不安や混乱が膨らみます。その結果、「ちゃんとつながっているかどうか」を確かめるため、繰り返し電話をかける行動が表れるのです。
三つ目は「孤独感や不安感」。
認知症の進行によって周囲とのコミュニケーションがうまくいかなくなり、本人の心の中にポッカリと“孤独の穴”があいてしまうことがあります。その寂しさを埋めるために、声を聞きたくなってしまう――。人間らしい、ごく自然な欲求とも言えるでしょう。
このような行動を目の当たりにしたとき、周囲の人間が「またか…」と感じてしまうのは当然のことです。ですが、その行動の奥底にある“本人なりの理由”に思いを巡らせることで、接し方や対応の仕方もきっと変わってくるはずです。
では、具体的にどう対処すればよいのでしょうか。
まず大切なのは、「本人を責めたり、否定したりしないこと」です。
何度も同じ内容の電話がかかってくると、「さっきも言ったでしょ」「もう分かったから!」と、つい感情的になってしまいがちですが、本人には“悪意”がないことを思い出してほしいのです。むしろ、何度も説明してくれる家族の存在が、認知症の方にとっての“心の支え”になります。
「今、何時だと思ってるの?」「もう何回目よ!」と怒ってしまいたくなる気持ちも分かります。けれど、否定や叱責は本人の不安や混乱をさらに強めてしまうことも多いのです。そんなときは、「心配してくれてありがとう」「いま私は○○にいるよ」と、できるだけ穏やかに答えてあげると、本人も安心しやすくなります。
次に、電話を頻繁にかける“きっかけ”を見つけることも大切です。
たとえば、誰かが外出するタイミングや、周囲に人がいなくなったとき、あるいはテレビや新聞で「事件」や「災害」のニュースを見た後など、本人の不安を誘発する状況があるかもしれません。そのパターンを把握することで、先回りして「今日は○○に出かけてくるけど、何時ごろ帰るね」「また電話するね」と伝えておくと、不安がやわらぐ場合があります。
また、電話を“待つ”ことが負担になっている場合には、「連絡帳」や「メモ」を活用するのも有効です。
たとえば、「○時に帰る」「今日は△△さんと一緒にいる」など、短く分かりやすい言葉でメモを残すことで、本人の不安がやわらぎ、電話の回数が減ることも少なくありません。
実際、私の知人のご家族では、リビングに「今日の予定」「今どこにいるか」「次に帰るのは何時ごろか」などを書き込むホワイトボードを設置し、それを本人と一緒に確認することで、電話の頻度がかなり減ったそうです。
さらに、「声を聞きたい」という純粋な欲求を満たすために、1日1回でも定期的に電話をかけてあげたり、短時間でも直接会いに行ったりすることも、とても大きな安心材料になります。
「また電話しよう」と思わせる隙間をつくらないように、積極的にコミュニケーションを取ることが、本人の孤独感をやわらげる一つの方法です。
ただ、現実には「仕事で忙しい」「離れて暮らしている」など、毎回すぐに対応できない状況もありますよね。そんなときは、介護サービスや見守りサービスを上手に活用するのもひとつの選択肢です。
たとえば、地域のデイサービスを利用して日中を過ごしてもらう、見守りロボットや自動音声応答サービスを設置するなど、家庭だけで抱え込まない工夫が必要です。
それでも、どうしても電話の回数が減らない場合、思い切って「着信制限」や「時間指定」など、携帯電話の機能を利用する方法も考えられます。ただし、この対応は本人の不安や混乱を深めてしまうこともあるため、十分に配慮しながら慎重に判断することが大切です。
認知症の方の“繰り返し電話”という現象の奥には、本人の人生や家族との関係、過ごしてきた時間への思いが重なり合っています。
電話のベルが鳴るたびに「またか…」と感じるか、「今日も無事に元気でいるんだな」と受け止めるかで、家族や周囲の心の持ちようも大きく変わってきます。
もちろん、何度も同じ対応を続けるのは簡単なことではありません。
イライラしたり、疲れたり、時には「もう限界だ」と感じてしまう日もあるでしょう。
そんなときこそ、自分自身を責めないでください。
完璧な対応など誰にもできませんし、家族だけで抱え込まず、時には専門家や地域のサポートを頼ることも、立派な「愛情」の形なのです。
ふと立ち止まって考えてみてください。
何度も電話をかけてくるその人も、かつては自分の家族や友人を支え、何気ない日常の中で誰かの「声」を聴いて安心していたのでしょう。
そんな大切な人が、今は「声を聞きたい」「安心したい」と、あなたに電話をかけてくる。
そこに込められた気持ちに、少しだけ心を寄せてみませんか。
もしあなたが今、「電話の回数が減らず困っている」「対応に疲れ切っている」と感じていたら、どうか無理をしすぎず、自分の心もいたわる時間をつくってください。
家族の「心の余裕」が、本人の安心や安定にもつながります。
あなた自身の笑顔が、認知症の方にとっても最大の“安心材料”になるのです。
認知症という病気は、本人だけでなく、家族や周囲の人生にも大きな影響を与えます。
「電話の回数」だけを気にするのではなく、「なぜその行動を繰り返すのか」「どうすればお互いが少しでもラクになれるのか」を、じっくり考えてみましょう。
今できることを一つずつ、焦らず積み重ねていく――それが、認知症とともに歩む“家族の新しい日常”なのかもしれません。
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