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認知症になると本性が出る?

「認知症になると本性が出る」──そんな言葉を耳にしたことはないだろうか。もしくは、介護の現場で耳にした人もいるかもしれない。実はこの表現には、多くの誤解と、それを生んでしまうだけの背景がある。

この文章では、「認知症本性が出る」とはどういうことかを丁寧に掘り下げ、医学的背景、介護現場のリアルな声、そしてその言葉の裏にある誤解と希望について、心を込めて紐解いていきたい。

まず、この言葉を聞いた時の違和感に立ち返ってみよう。

たとえば、長年温厚で、誰にでも優しかったおばあちゃんが、ある日突然、怒鳴り声をあげるようになった。
誰よりも礼儀正しかった父親が、食事中に周囲を困らせるような行動を取るようになった。

「こんな人じゃなかったのに…」という家族の声が、戸惑いや悲しみとともに漏れ出す。

このとき、介護の現場でよく使われるのが、「認知症で本性が出たのかもしれませんね」という表現である。
だが本当にそうなのか?それはその人の“本質”なのだろうか?

ここには明確な医学的根拠がある。

認知症、特に進行した状態では、前頭葉をはじめとする脳の制御機能に障害が出ることが多い。前頭葉は、社会的ルールを守ったり、自分の感情を抑えたり、状況に応じて行動をコントロールする機能を担っている。この部分がダメージを受けることで、それまで内に秘めていた感情や衝動が抑えきれなくなり、周囲に対して露わになってしまうのである。

言い換えれば、「本性が出た」というよりは、「社会的なブレーキが壊れてしまった」という方が、より実態に近い。

感情の表現が豊かになること自体は、必ずしも悪いことではない。しかし、怒りや不安、羞恥心などが抑えきれずに表面化すると、本人も周囲も大きなストレスを感じてしまうのが現実だ。

ある認知症専門医はこう語る。

「患者さんが怒りっぽくなるのは、性格が変わったのではなく、感情のコントロール機能が弱まっているからなんです。ですから、冷静に見てあげてほしい。本人の心の中では、混乱と恐怖でいっぱいかもしれません。」

この言葉に救われたと話すのは、実際に母親を介護する50代の女性。

「母はもともとすごく我慢強くて、人に迷惑をかけるのが嫌いな人だったんです。でも、ある日突然、些細なことで怒鳴り出したり、物を投げるようになって…正直、怖かったです。けれど、先生から『これは病気のせいです』と言われて、やっと腑に落ちました」

このように、認知症が引き起こす行動変化は、その人の本来の性格が急に現れたわけではない。

むしろ、「抑えていた自分を制御できなくなった」結果であり、それは脳の機能低下という生理学的な現象に他ならない。

また、「前頭側頭型認知症(FTD)」というタイプでは、特に感情や行動の変化が激しく現れることがある。たとえば、急に反社会的な言動を取ったり、以前には見られなかった性的逸脱行動が起きるケースもある。

これは前頭葉の萎縮が進んだ結果であり、決して本人の人格や倫理観が崩れたということではない。

介護にあたる側がこうした医学的背景を知っておくことは、とても重要だ。

加えて、環境や接し方も、認知症患者の行動に大きな影響を与える。

たとえば、混乱を招くような騒がしい環境、過剰な刺激、焦らせるような声かけは、患者にとって大きなストレスとなり、それが突発的な行動の引き金になることがある。

逆に、落ち着いたトーンで接し、一定のリズムで声をかける、余裕を持った行動を心がけるだけで、患者の不安が和らぎ、問題行動がぐっと減ることもある。

実際に、ある介護施設では「環境音を減らし、照明を暖色系に変えただけで、入所者の怒声や混乱が大幅に減った」という例が報告されている。

また、認知症を持つ人の行動が変化していく過程には、しばしば「その人らしさ」が見え隠れする瞬間がある。

怒りっぽくなった人が、ふとした時に昔の歌を口ずさんだり、頑固に黙っていた人が、昔の思い出話をぽつりと語り出したり。

そうした瞬間を捉えたとき、家族は「やっぱりあの人だ」と感じる。そして、そこにある「変わってしまった部分」と「変わらない部分」の両方を受け入れていく過程こそが、本当の意味での介護の始まりなのかもしれない。

認知症になったからといって、その人のすべてが変わってしまうわけではない。記憶や言葉があいまいになっても、喜怒哀楽は確かにそこにある。

だからこそ、私たちは「本性が出た」などと簡単に片付けてしまうのではなく、「今その人が感じていること」に寄り添う姿勢を持ち続けたい。

もし、家族や身近な人が認知症になったら──どうか「もう昔の人じゃない」と切り捨てないでほしい。

変わったところばかりを見て苦しむのではなく、今できること、今感じている気持ちに焦点を当ててみてほしい。

それが、本人にとっても、支える側にとっても、一番やさしい介護のかたちではないだろうか。

まとめとして、「認知症本性が出る」という表現は、多くの誤解と偏見を含んでいる。

実際には、脳の変性によって制御機能が低下し、感情や衝動が抑えきれなくなっているだけなのだ。

だからこそ、知識を持って、冷静に、やさしく、目の前のその人と向き合っていくことが、認知症と共に生きる社会に求められている。

今もどこかで、「あの人が変わってしまった」と涙している家族がいる。その涙が、「理解」へと変わる日を、一人でも多く迎えられるように──そう願ってやまない。

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