「もみじマーク」って、聞いたことありますか?
車をよく運転する方、あるいは道路を歩いている中で、クルマの後ろに紅葉のようなカラフルなマークが貼ってあるのを見かけたことがあるかもしれません。あれが、いわゆる「もみじマーク」。正式には「高齢運転者標識」と言われていて、主に75歳以上のドライバーが、自らの年齢や身体能力の変化を踏まえて、他のドライバーや歩行者に「注意してね」と知らせるためのものです。
でもこのマーク、ただのステッカーではないんです。そこには、時代の流れや社会全体が抱える課題、そして個人の選択やプライドが複雑に絡み合った、実はとても奥深い意味が込められているんです。
私の父が75歳を迎えたときの話です。もともと運転が大好きで、家族旅行のドライバーも常に父。山道も雪道も、「自分が一番安全に走れる」と信じて疑わない人でした。でも、70代半ばを過ぎたころから、少しずつ駐車の時に切り返しの回数が増えたり、高速道路の合流で不安そうな表情を見せたりするようになりました。
そんな中、免許更新のタイミングで高齢者講習を受けた父は、初めて「もみじマーク」の話を聞いたそうです。帰宅して開口一番、「あのマーク、貼ってみようかと思うんだ」とポツリ。
正直、私は驚きました。父は頑固なところもあり、自分の衰えを認めたがらないタイプ。けれどもそのとき、彼の中には「安全を守る責任」と「家族への思いやり」がしっかりと芽生えていたのだと思います。
実はこの「もみじマーク」、法律で義務化されているわけではありません。あくまでも任意。つまり、自分で「貼ろう」と決めた人だけが掲げる、ある種の“意思表示”なのです。もちろん、75歳以上になれば、希望すれば誰でももらえる。手続きはお住まいの都道府県の警察署や運転免許センター、あるいは自動車検査登録事務所で申請するだけ。地域によって若干デザインや受付方法が異なる場合もありますが、そこまで複雑な手続きではありません。
けれども、多くの高齢ドライバーにとって、この「貼るか貼らないか」は思っている以上に重い選択です。
なぜなら、「もみじマーク=運転が不安な高齢者」というレッテルのように見られてしまうことを、少なからず恐れている人が多いからです。中には、貼っている車に対して意地悪な煽り運転をする人もいるという、残念な話も耳にします。
でも、だからこそ、こうも思うのです。「もみじマーク」を自主的に掲げることは、決して「弱さの証」ではなく、「強さの表れ」ではないでしょうか?
年齢を重ねることは、避けられない人生の流れ。けれどもその中で、自分の変化を受け止め、社会と調和していこうとするその姿勢には、若者にはない成熟した知恵と勇気が感じられます。
さらに、このマークが広まっていくことには、社会全体にとっても大きな意味があります。
日本は、世界でも類を見ない超高齢社会。地方に行けば、公共交通が発達していない地域も多く、高齢者が自分で車を運転しなければ日常生活が成り立たないという現実があります。買い物、病院、銀行…車がなければ“生きていけない”という方も、少なくありません。
そんな状況の中で、「もみじマーク」が果たす役割は単なる注意喚起ではありません。それは、高齢ドライバーが少しでも長く安全に運転を続けるための“コミュニケーションのツール”なのです。
「私は今、年齢的に少し注意が必要かもしれません。でも、安全運転に努めています。だから、あなたも思いやりを持って見守ってくださいね」
そんな静かなメッセージが、あのマークには込められている気がします。
それに、この取り組みは一方通行で終わるものではありません。「もみじマーク」を見た若い世代のドライバーが、それをきっかけに思いやりの運転を意識するようになれば、社会全体が少しずつ変わっていくはずです。車間距離を保つ、急な追い越しを避ける、無理な割り込みをしない…ほんの少しの心遣いが、高齢ドライバーにとっては大きな安心になります。
逆に考えれば、私たち自身も、いつか「もみじマーク」を貼る立場になるかもしれません。そのときに、堂々と「安全第一」を選べる社会であってほしい。だからこそ、今この瞬間から、そんな未来を見据えておくことが大切だと思うのです。
最後に、もう一つだけ。これは父がマークを貼った後、ぽつりと呟いた言葉です。
「今までずっと、自分ひとりの力で走ってきたと思ってたけど、こうやって周りの人の助けを借りながら走るのも悪くないな。意地を張って事故でも起こすより、家族のためにちょっとだけ柔らかくなるほうが、きっといいよな」
その言葉に、私は何も返せませんでした。ただ、そっと頷きました。
高齢になっても、自分らしく、誇りを持ってハンドルを握るために。「もみじマーク」は、その背中をそっと支えてくれる存在なのかもしれません。
あなたや、あなたのご家族がこれからも安心してドライブできるように、ぜひこのマークの意味を、今一度見つめ直してみてください。
きっと、車の運転が少しだけ優しくなるはずです。
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